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宮崎地方裁判所日南支部 平成3年(ワ)22号 判決

原告

鈴木千鶴子

西岡悦子

隈谷和生

隈谷和俊

福田美津子

小川明美

右原告ら六名訴訟代理人弁護士

小城和男

被告

隈本千枝子

右訴訟代理人弁護士

川崎菊雄

主文

一  隈谷ノブの嘱託による昭和六二年七月二七日宮崎地方法務局所属公証人T作成同年第五二〇号遺言公正証書による遺言が無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告ら及び被告は、いずれも隈谷ノブ(「ノブ」という。)の相続人である。

2  ノブは、昭和六二年七月二七日、宮崎地方法務局所属公証人T(「T公証人」という。)作成の昭和六二年第五二〇号遺言公正証書による遺言(「本件遺言」という。)をした。

3  ノブは、平成二年七月二二日死亡した。

二争点

本件遺言は、以下の理由により無効であるとする原告主張事実の有無

1  遺言能力の欠如

ノブは、本件遺言が作成された昭和六二年七月二七日当時、老人性痴呆症のため意思能力がなく、したがって、本件遺言は無効である。

2  方式違反

ノブは本件遺言の趣旨をT公証人に口授しておらず、T公証人は筆記した遺言内容をノブに読み聞かせておらず、ノブは筆記の正確なことを承認していないから、本件遺言は、これらの方式違反のために無効である。

第三争点に対する判断

一争点1について

1  本件遺言作成当時のノブの精神状態

(一) 認定事実

証拠(〈書証番号略〉、証人野崎公洋、同T、同野崎信子、同隈谷茂、同隈谷アヤ子、同三山吉夫、原告鈴木千鶴子、被告)によると、以下の事実が認められる。

(1) ノブは明治三七年四月二一日に一男五女の末子として出生した。ノブは、夫隈谷藤吾が昭和五一年一〇月一九日に死亡した後、昭和五四年ころまで一人で農業をしながら暮らしていたが、昭和五五年ころから、二女の隈谷八重子(「八重子」という。)と日南市平野で同居生活を始めた(〈書証番号略〉、証人隈谷茂、同隈谷アヤ子、原告鈴木千鶴子、被告)。

(2) ノブは、八重子と同居中、捨ててある傘を拾ってきたり、夜頻繁に外出するなどしたため、八重子は、ノブの安全を考えて家の回りに棚に作った。また、ノブは、昭和六〇年ころ、外出中に自宅近くで警察官に保護される事件を起こした。その際、ノブは、警察官に対し、以前夫と暮らしていた日南市大字隈谷の隈谷アヤ子(ノブの長男である隈谷俊雄の妻)宅が自宅である旨説明した(〈書証番号略〉、証人隈谷茂、同隈谷アヤ子、原告鈴木千鶴子、被告第七回調書一〇、一一、七九ないし八一、八八頁)。

(3) 八重子は昭和六一年一二月一一日に死亡し、そのころ、八重子の葬儀が行われた。その際、ノブは、集まった親戚の者達の名前がよく分からない様子であった(〈書証番号略〉、証人隈谷茂、同隈谷アヤ子、原告鈴木千鶴子。被告第七回調書九一、九二項)。

(4) ノブは、八重子の死亡後、被告と同居しはじめた。被告は、ノブの頭痛等の症状を診てもらうため、昭和六二年三月二六日、ノブを宮崎県立日南病院内科で受診させた(〈書証番号略〉、被告第八回調書)。ノブを診察した医師は、カルテに「三年前よりボケ症状、家族がわかる時とわからない……がある。」と記憶障害の存在を窺わせる記載をし、また、「今までは夜のみオムツ使用。」と痴呆症の中等度の中期以降に現れる失禁のあることを記載し、さらに「ボケ」とか、痴呆症を意味する「dementia」と記載し、痴呆症に用いられる脳代謝改善薬アバンを処方した(〈書証番号略〉、証人三山)。

(5) 被告は、昭和六二年七月二七日の数日前、T公証人の役場に行き、ノブの遺言公正証書の作成を依頼するとともに、その内容をT公証人に告げた。T公証人は、被告から告げられた内容をもとに、予めタイプで署名欄を空白にした遺言公正証書(「署名前証書」という。)を作成した。T公証人が被告から予め告げられていた遺言の内容(「本件遺言内容」という。)は、日南市上平野町の土地一筆をノブの二男隈谷俊光の長女である原告小川明美に相続させ、日南市大字隈谷の土地一一筆を原告鈴木千鶴子に相続させ、日南市大字隈谷の土地三筆を隈谷アヤ子に遺贈し、その余の遺産を全部被告に相続させ、祭祀承継者を被告の長男隈本誠二に指定し、遺言執行者を被告に指定するというものであった(〈書証番号略〉、証人T、被告)。

(6) T公証人は、昭和六二年七月二七日、署名前証書を持って被告方に行き、証人野崎公洋及び同野崎信子(合わせて「野崎夫婦」という。)の立会いのもとに、椅子に座っているノブから聴取を始めた。T公証人は、本件遺言内容が、同人が扱う通常の遺言公正証書の内容と異なり、多くの者に多くの不動産を分けて相続させる内容であったので(T証人調書五一項)、ノブに対し世間話をしながら時間をかけて本件遺言内容についての口授を得ようとした。ノブは、後のことを見てくれる人に遺言をやりたいなどと言ったり、部落名を言ったりした。T公証人は、部落名がいずれの土地を指すのか分からないので、被告からノブのいう部落名が課税台帳上のいずれの土地に当たるかの指示を受け、その地番をノブに告げて確認を求め、ノブから「はい」という返事を得た。その後、T公証人は、本件遺言内容を読み聞かし、署名前証書に署名を求めたが、ノブは手が震えて、片仮名でも歪んだ字になるため署名できなかったため(T証人調書九一項、被告第七回調書六七、六八項)、T公証人が代わって署名した。本件遺言作成までの間約二時間を要したが、ノブの会話の状態は、T公証人や野崎夫婦から見て、特に変わった印象は受けなかった。ただ、野崎公洋は、「体とかものの言い方それと記憶の呼び戻し方というのが普通ではない」と感じた(野崎公洋証人調書七〇項)。

(7) 原告鈴木千鶴子らは、昭和六三年二月二九日に、ノブの禁治産宣告を宮崎家庭裁判所日南支部に申し立て(争いがない。)、同家庭裁判所は、昭和六三年四月二六日、宮崎医科大学精神科助教授の三山吉夫(「三山医師」という。)に、ノブの精神鑑定を命じた(〈書証番号略〉)。三山医師は、右同日から同年五月一七日までの間に、被告方に行って被告からノブの生活状況等を聴取し、ノブと三〇分くらい面談し、一〇分くらい診察した。このとき、ノブは、寝たきりで日常生活を送るにも全面的介助を要する状態であり、意識は清明で話しかければ注目するが長続きせず、聴力はよく保たれているが了解が悪く、同じ質問を繰り返す必要があり、思考力が低下し、会話の進行が困難で、意欲低下も高度であり、表情の動きも乏しく、一桁の計算ができず、当日の昼食の内容や自分の住所を答えられなかった。また、三〇分以上の質問に答えることも、疲労のため困難であったが、問診への応対自体は従順であった。三山医師は、右の面談、診察結果に基づいて、同月一八日、右家庭裁判所に対し、ノブの精神状態が高度の痴呆状態にあり、事物の理非善悪を弁識し、弁識に従って行動する能力は高度に障害されており、財産管理能力が欠如しているとする鑑定書を提出した(〈書証番号略〉)。右家庭裁判所は、同年八月一九日、ノブに対し禁治産宣告をした(争いがない。)。なお、被告代理人は、右宣告に先立って、同年三月二五日、被告方でノブと日常会話をし、その内容をテープに録音した(〈書証番号略〉)。

(二) 判断

(1) 以上の認定事実からすると、以下の理由により、ノブは、本件遺言作成当時、中等度以上の痴呆状態あったものと認められる(〈書証番号略〉証人三山)。

① ノブは、昭和六三年五月当時は、高度の痴呆状態にあった(前記1(一)(7))。ところで、老人性痴呆症の場合、物忘れ程度の症状を伴う軽度から始まり、以降、中等度、高度、さらには全面介助を要する最高度へと進行し、各段階は、二、三年をかけて移行するのが一般である(〈書証番号略〉証人三山)。これからすると、ノブは、昭和六二年七月の本件遺言作成当時には、少なくとも中等度の中期ないしは後期の段階の痴呆状態にあったことになる。

② ノブには、八重子と同居を始めた昭和五五年以降から、痴呆症の症状である記憶障害が現れ(前記1(一)(2)(3))、昭和六二年三月当時には、痴呆症の中等度の中期以降に現れる症状である失禁が認められ、脳代謝改善薬の処方を受けている(前記1(一)(4))。なお、被告は、県立日南病院での診察時間が短いことなどから、右カルテの記載内容には信用性がない旨主張するが、同病院の医師がいかに多忙であっても、自らの所見を持たずに、被告の主張を鵜呑みにして、脳代謝改善薬の処方まですることは考えられず、少なくとも、被告のいうノブの症状からノブが痴呆症であると診断したから、右投薬をしたと推認するのが相当である。

③ ノブは、本件遺言作成時にも、片仮名でも手が震えて歪んだ字になるため署名できなかったり、ものの言い方それと記憶の呼び戻し方というのが普通ではないとの印象をその場にいた者に与える(前記1(一)(6)、証人野崎公洋七〇項)など、痴呆症の存在を窺わせる事実がある。

(2) もっとも、被告は、〈書証番号略〉及び三山証言の内容は、三山医師においてノブに対する知能検査等を実施していないから、信用性がない旨主張するが、知能検査等を経ない診断は信用性がないと断定する根拠はなく、また、三山医師は、ノブに対する面談、診察のほか、被告等から聴取したノブの失禁等の諸症状を資料としてノブを痴呆症と診断しているのであるから、被告主張のような検査を経ていないとしても、その信用性は損なわれるものではない。

また、被告は、本件遺言作成の際のノブの会話が、T公証人や野崎夫婦に特に変わった印象を与えなかったことから(前記1(一)(6))、ノブの精神状態は普通であった旨主張する。しかし、痴呆症であっても、短い会話や挨拶、さらには相手の言葉を自ら利用してする会話なら可能であり、また自分が分らないことでも、「はい」と答えて自分が分からないことを相手に知られないようにすることがあり、かつ応答も従順であるから(〈書証番号略〉、証人三山)、医師以外の素人では、通常の精神状態にあると誤解することもある(証人三山)。したがって、右の事実は、ノブが本件遺言作成当時中等度の痴呆状態にあったことを認める妨げにはならない。

なお、ノブは、被告代理人と昭和六三年三月二五日に面談しているが、その内容には一見特に変わった点があるとは思われない(〈書証番号略〉)。しかし、ノブは、被告代理人との会話の中でも、被告代理人の質問中に出た言葉をそのまま利用して肯定したりする回答が多く、自ら新たな話題を出すことは乏しく、会話として噛み合わない部分もある(たとえば、「じゃばぁちゃんしっかりしとんなさるとですね頭は。」との被告代理人の質問に対し、「頭はほんじゃから好きじゃったからよな。若い時から好きじゃったとよ。」と答えて、少し前の浪花節の話題に戻っている。)。また、その会話内容自体、三山医師が、最高度の痴呆状態にあると鑑定した鑑定書(〈書証番号略〉)中の会話内容と大きな相違はない。したがって、右の事実も、ノブが本件遺言作成当時中等度の痴呆状態にあったことを認める障害とはならない。

2  本件遺言作成当時のノブの意思能力の有無

(一) 意思能力の有無の判断基準

意思能力とは、自己の行為の結果を弁識し判断することのできる能力である。したがって、ノブが、本件遺言をなすことによって起こる法律的結果を弁識し、その是非を判断できれば、ノブには本件遺言をする意思能力があったことになるが、その前提として、ノブに、本件遺言内容を理解するだけの精神能力があったことが必要であり、これがなければ、ノブには本件遺言をするだけの意思能力がなかったことになる。

(二) ノブの医学上の精神能力からの推認

ノブは、本件遺言作成当時中等度以上の痴呆症の状態にあった。したがって、当時のノブの精神能力は、精神医学上、一般に事物の是非の判断能力及びその能力に従って行動する能力は高度に障害されており、具体的には以下のような精神状態にあったものと認められる(〈書証番号略〉三山証人)。

(1) 回りからの質問に対して、「はい」、「いいえ」と答え、また、自分の頭に入ってきた言葉をそのままおうむ返しのように繰り返して短い会話をすることができる(三山証人調書二九ないし三一項、四七ないし四九項)。しかし、会話ができても、それは自らが相手の質問を理解できないことが暴露されないようにするため、「はい」「はい」と受動的になしている場合が多い(〈書証番号略〉)。

(2) 財産の処分についても、「財産をやる」という会話はできるが、その意味や他に及ぼす影響について理解できない(三山証人調書三〇、三一、三八、三九項)。

(3) どの土地を誰に相続させるかの意思表示自体は、回りからの働きかけがあれば可能だが、土地の場所の特定については、それについての記憶がなければ、不可能である(〈書証番号略〉三山証人調書五一、五二項)。

これからすると、ノブは、T公証人からの質問に対し、その意味を理解しないまま、受動的に返事をし、財産処分の意味やそれが及ぼす影響についても理解できず、土地を特定して認識することも不可能な精神状態であったことになるから、本件遺言の意味を理解し、その結果を弁識判断する能力はなかったと推認できる。

(三) 遺言作成の具体的経過からの推認

意思能力の有無は法律的判断であるが、その判断に当たっては、その者の精神医学上の精神能力の状態を前提にした上でなすべきである。しかし、それ以外にも、当該法律行為当時のその者の言動や法律行為の内容等を検討した結果、右精神医学上の精神能力からの推認を覆せる事実が認められれば、それに従って、精神医学上の精神能力から推認される結論にもかかわらず、なお意思能力がなかったことはいえないと判断することは可能である。そこで、次に、ノブの本件遺言当時の言動等について検討するに、以下のとおり、前記ノブの精神医学上の精神能力から推認される結論を覆して、ノブに本件遺言をなすに足りる意思能力があったと窺わせる事実は認められず、かえって、ノブにおいて本件遺言内容自体を理解していなかったことを推認させる事実が認められるのであって、これらの点からも、ノブは、本件遺言作成当時、本件遺言をなすに足りる意思能力を有していなかったと推認するのが相当である。

(1) 本件遺言は、前記1(一)(5)記載のとおり、原告鈴木千鶴子ら三名に土地一五筆を相続ないし遺贈し、その余の財産を被告に相続させる内容であり、原告鈴木千鶴子に相続させるべき土地と隈谷アヤ子に遺贈すべき土地の中には、いずれも「日南市大字隈谷字弓場ノ下」まで地名表示が同じものが含まれている。したがって、ノブが本件遺言の結果を弁識判断するためには、少なくとも本件遺言中にある右の各土地の特定についての認識ができていたことが必要である。そのため、T公証人も、ノブから部落名を聴き、被告にそれが課税台帳上のどの土地に当たるかを説明してもらい、それでよいかノブに確認し、ノブから「はい」という答えを得て、ノブの土地の特定についての意思をいちいち確認した旨述べている(同調書五一、八二項)。T公証人のとった右の意思確認の方法によってノブの意思が確認できたと言い得るためには被告において、ノブのいう部落名が課税台帳上のどの土地を指すのかについて正確な知識を有していることが必要である。ところが、被告は、部落名と本件遺言中の土地との結びつきについて正確に答えられず(被告第七回調書九四ないし一〇二項)、被告自身、ノブも被告も部落名と本件遺言中の土地との結びつきがわからないので、被告が課税台帳を見て原告鈴木千鶴子らに相続させるべき土地を決めたものであり(被告同調書一〇三ないし一〇七項)、ノブは同公証人の質問に対しても単に「はい」と答えただけである旨供述している(被告同調書一〇八、一〇九項)。これからすると、ノブは、本件遺言内容である原告鈴木千鶴子らに相続させるべき土地の特定について認識できていなかったものと推認するのが相当である。

(2) T公証人は、本件遺言を作成するにあたって、二時間ほどかけてノブの意思を聴取し、その間、特にノブの会話内容におかしな点はなかったし、ノブが正確に自己の氏名を答えたので、意思能力があると判断した旨供述し、立ち会った野崎公洋もほぼこれに沿った供述をしている(前記1(一)(6)、証人T、同野崎公洋)。しかし、前記2(一)記載のノブの精神状態からすると、ノブがT公証人と会話をしたとしても、その内容を理解したことにはつながらない(〈書証番号略〉、証人三山)。また、最高度の老年性痴呆症の者でも自己の氏名を答えることはできること(〈書証番号略〉)からすれば、氏名を答えたことも、ノブに意思能力があったと窺わせる事実とはならない(〈書証番号略〉、証人三山)。さらに、公証人が法律家であり、意思能力の有無が法律判断であるとしても、法律的判断を正確にする前提として、ノブの医学上の精神状態がいかなるものであったかを知っておく必要があるところ、T公証人は、本件遺言作成の際、予め被告からノブが痴呆症である旨告げられていなかったため、それが告げられていれば用意したであろうノブの精神能力についての医師の診察書等の資料を持たなかったというのであるから(T証人調書二六項)、同公証人の判断内容のみから、前記2(一)の推認を覆せるものではない。

(3) なお、被告は、ノブが被告に財産をやりたい旨述べていたこと、それ自体は単純な内容で、ノブの精神能力を前提にしても、理解できたと思われること、ノブのような老女にとって、土地を通称名で特定することは珍しくないことをあげて、ノブが痴呆症であったとしても、意思能力がなかったとは推認できない旨主張する。確かに、ノブは、本件遺言作成の際、T公証人に対し「後を見てくれる人にやりたい」とか「被告に財産をやりたい」旨述べたことが認められる(証人野崎公洋、同T)。これからすると、本件遺言内容が、右ノブの発言通り、「全財産を被告に相続させる」などの単純な記載になっていれば、あるいは、被告主張のように、ノブの精神状態を前提にしても理解可能と判断できたかもしれない。しかしながら、本件遺言内容は、前記のとおり、複数の者に対し複数の特定の土地を相続させ、遺贈する内容となっており、ノブにおいてその遺言内容を理解していなかったと推認されることは前記のとおりであるから、被告の主張には理由がない。なお、被告は、ノブは財産の処分を前もって被告に委ねたが、それ自体は単純なことであるから、仮に被告が本件遺言内容を決めたとしても、ノブにおいて遺産の処分を被告に委ねたという認識ができている以上、本件遺言はノブの遺言として有効であると主張するのかもしれない。しかし、仮にノブが遺産の処分を被告に委ねた事実があったとしても、ノブが本件遺言をなすだけの意思能力があったといい得るためには、被告に遺産の処分を委ねた事実を理解する能力があっただけでは足りず、本件遺言内容自体を理解する能力を有していたことが必要であるから、右の点においても、被告の主張には理由がない。さらに、土地の通称名と具体的な土地とを結びつけることは、ノブも被告もできなかったというのであるから(被告第七回調書一〇六項)、仮にノブのような老女が土地を通称名で呼ぶのが通常であるとしても、ノブが本件遺言内容を理解していたことにはならない。したがって、被告の右主張は、いずれも理由がない。

3  争点1についての結論

以上のとおり、本件遺言作成当時、ノブには、精神医学上の精神能力の点からも、本件遺言作成経過及びその当時のノブの言動等からも、本件遺言内容を理解し、本件遺言をすることから生じる結果を弁識判断するに足りるだけの意思能力はなかったと認めるのが相当である。

二以上の次第で、その余の争点について判断するまでもなく、本件遺言は、ノブの意思能力の欠如により無効であり、原告の請求には理由がある。

(裁判官岩倉広修)

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